論文集抄録
〈Vol.52 No.12(2016年12月)〉

タイトル一覧
[論 文]

[ショート・ペーパー]


[論 文]

■ 実時間価格最適化による電力系統の負荷周波数制御 -再生可能エネルギ分配のための評価関数設計 -

京都大学・河野 佑,冨山 幸一郎,大塚 敏之

本稿では,再生可能エネルギが導入された電力系統の実時間価格決定問題をモデル予測制御(MPC)問題として定式化し,再生可能エネルギをネットワーク全体へと分配するための評価関数を設計する.電力系統は,需要家,供給家,発電機,発電量が予測可能な再生可能エネルギ発電機,独立系統運用機関(ISO)で構成される.ISOは,発電機の周波数整定,需給バランスの一致,社会厚生の最大化が達成されるように,各地域の電力価格を実時間で決定する.本稿では,この価格決定問題をMPC問題として定式化する.そして,先行研究の評価関数を直接拡張した場合とは異なり,提案した評価関数を用いると,再生可能エネルギ由来の電力の送電が促され,系統全体で再生可能エネルギの恩恵を受けることができることを示す.さらに,提案した評価関数を用いると,需要家や供給家の振舞いは価格の非線形関数であるにも関わらず,価格決定問題が不等式拘束付きのLQ型のMPC問題として定式化される.


 

■ 生活環境における移動ロボットの自己位置推定のためのレーザスキャナの統計的計測モデル

日本原子力研究開発機構・山田 大地,筑波大学・大矢 晃久

本論文では,移動ロボットの自己位置推定を目的として,過去のスキャンデータの統計量によるレーザスキャナの計測モデルについて述べる.ロボットの自律移動において,一般的にロボットはあらかじめ用意した地図上の自己位置と目的地をもとに走行する.このため,自己位置推定が要素技術となる.レーザスキャナは高精度かつ高速に周囲の形状情報を取得できるセンサであり,自己位置推定に広く用いられている.しかし,人が生活する環境では歩行者などの移動物,路面の傾きやロボットの振動など様々な原因により,レーザスキャナの形状情報が曖昧となる.このため,地図に記述するランドマークの情報を得ることが困難となる,また地図と自律走行時のセンサデータの照合が困難となる.本研究では過去のスキャンデータにおける統計量を地図に用いる.統計量を用いることで,形状情報が曖昧であっても,頻度や分布などの傾向から自己位置推定可能な特徴が得られる.本論文では,この地図を用いたレーザスキャナの計測モデルと,この計測モデルをパーティクルフィルタに適用して自己位置を推定する方法について述べる.実際の歩道において評価実験を行った結果,本手法を用いた自己位置推定は高い正確さを示し,ロボットが安定して目的地まで到達することに成功した.


 

■ 分散最適化における情報マスキング法とリアルタイムプライシングへの応用

鳥取大学・和田 一真,福田 大輔,桜間 一徳

本研究では,スーパバイザに依存しない分散最適化手法において,プライバシーを保 護するためのローカル情報のマスキング法を提案する.本手法の特徴は,ローカル情報に対して信号を付加しても,分散最適化の解にはその影響が表れず,正しい解が求められることである.また,プライバシー保護の性能を元の値とマスキング後の値の間の相関係数によって評価し,提案法によってプライバシー保護が可能であることを示す.さらに,本手法の応用例として,マイクログリッドにおけるリアルタイムプラ イシングによる需要供給バランス制御問題を考える.最後に,シミュレーションによって,プライベートな情報を含むデータが他者へ漏洩することなく,マイクログリッ ドの需要供給バランスの制御が可能であることを示す.


 

■ 生活行動と呼吸量を考慮した汚染物質暴露評価システムの構築

東京工業大学・徳弘 龍太郎,出口 弘

汚染物質による過剰ガン発生率や非発がん性物質による症状の出現は,多くの人によって多種多様である.この理由は,個々人によってリスク指標算出の際の1日あたりの摂取量や,汚染物質による年齢や性差等による感受性が異なるためである.取り分け,環境弱者と呼ばれる成長期である幼児や学童は感受性が高いとされる.日本における様々な汚染物質の分布から平均的な暴露量を用いたリスク評価が行われているが,暴露者の特性に応じた評価は発展途中であると言える. そこで,本研究では,世代毎に異なる個々人の生活行動を表現した汚染物質暴露評価システムを構築する.その中で,呼吸量に基づいた暴露量の世代,性別の生活環境下での変化を明らかにする.


 

■ バッチ冷却晶析プロセスのモデルベース精密温度制御設計ベンチマーク

アズビル・小河 守正

バッチプロセスでは,成功経験に頼り制御系設計することが多く,そのプロセスモデリング,制御アルゴリズム,チューニングは一般化されていない.その制御性能に問題を抱えているバッチプロセスは少なくない.この現状を打破するには,バッチプロセス制御の重要な対象ごとに,まずベンチマークとなりうる制御技法を開発する.その内容を広く開示し,それを踏み台として,より高度で実用的な規範に仕上げていく取組みが求められる.このような狙いで著者は,バッチ重合プロセスの反応温度精密制御のベンチマークをすでに提案した.続いてここでは,特に製薬プロセスにおいて重要性が指摘されている,バッチ冷却晶析プロセスの晶析温度精密制御を取り上げる.
本 稿では第一に,バッチ冷却晶析プロセスと晶析温度制御システムの構成を説明する.第二に,プロセス動特性モデルを導き,このモデルに基づくPID設定則とフィードフォワード補償則を数値例と共に与える.これは,プロセス特有のランプ状目標値変更に対して,高いトラッキング性能を有する.第三に,晶析温度目標値をランプ状変更から定値に切替後,PID制御ではアンダーシュートが生じる.これを最小化するために,目標値の変更速度を区分的に減速する方法を与える.


 

■ 無線センサを用いた大規模電力可視化ネットワーク実証実験

産業技術総合研究所・鈴木 章夫,藤本 淳,
東京大学・伊藤 寿浩,産業技術総合研究所・前田 龍太郎

本論文では,主として東北・中部地方に立地するコンビニエンスストア1987店舗において,1店舗あたり8個の無線電力センサを用いた大規模電力見える化センサネットワークの構築と約3年間におよぶ運用・保守結果および得られた知見について報告する.センサは当初,ボタン電池を電源として1年半連続動作可能なクランプ型簡易電力センサが設置され,全センサの電池交換作業を経て,保守不要のエネルギーハーベスティング型のセンサへと換装された.実店舗環境でのセンサ電池寿命および分電盤内に設置された無線センサからのデータ受信率の評価結果を示す.また,無線センサネットワークは設置場所の電波環境の変化によりデータ欠損が生じることが避けられないが,店舗から得られた実際のデータを用いてデータ欠損がおよぼす影響について評価し,省エネ活動上の問題がないことを明らかにした.


 

■ 食品焼成用オーブン庫内における加熱環境測定装置の開発-リールオーブン内の温度・湿度分布のワイヤレス測定ー

大阪市立大学・児玉 飛翔,尾崎 太郎,
森川 暉大,伊與田 浩志,辻岡 哲夫

食品加工や調理において,加熱調理のための機器としてオーブンが広く利用されている.オーブン庫内の食品は伝導伝熱,対流伝熱,ふく射伝熱などの複数の形態の伝熱を利用して加熱されており,庫内の加熱環境が加熱後の食品の仕上がりに影響を与える.食品工場や業務用厨房で使用される比較的大型のオーブンについては,複数の工場で同じ製品を製造する場合,食品の種類や量などの状態に応じて,定点における温度測定と現場の担当者による経験的な人的操作によって機器の温度と加熱時間が調整される.現場技術者の経験的な判断に加え,加熱調理中の庫内において実際に食品が受ける加熱環境を実測することは有効である.そこで本研究では,高温下であるオーブン庫内の加熱環境(庫内気流温度,湿度,風速,ふく射寄与率,振動)を簡便に測定し,リアルタイムで無線データ通信を行うための電子回路基板と測定装置を試作した.更に,試作した測定装置を用いて,実際に製菓工場で稼働する高温環境となるリール式オーブン庫内加熱環境の検証実験を行い,庫内の位置による温度分布や,水蒸気モル分率,風速,ふく射寄与率の庫内の加熱環境を数値として表し確認することができた.


 

■ 直交流合成磁界と漏洩磁束検出による鋼板裏面探傷法の検討

大分大学・藤井 晶,後藤 雄治

石油化学プラント等でのタンクや配管の保全を考えていく上で腐食は避けて通れない課題である.特に,石油コンビナートに使われている石油タンク底板の探傷はタンク内の表面から行い,裏面の欠陥を検出できなければならない.現在,裏面探傷は主に超音波探傷により行われている.超音波探傷は正確ではあるものの,前処理・後処理に手間がかかる.また,一度に広範囲の探傷は行えないことから検査に時間を要する.石油化学プラントのように膨大な量の検査対象を有している場合,検査コストは非常に高くなる.一方,電磁気を使用した裏面探傷法としては,パルス磁化ECTや低周波数を使用した交流漏洩磁束探傷法等があるが,パルス磁化ECTは検出信号の処理が難しく,検査時間がかかる等の問題がある.また,低周波交流漏洩磁束探傷法では表皮効果の影響から,検査対象の肉厚が2mm以上の鋼板や鋼管への適用は行えない.そこで,本研究では肉厚が3mmの厚板鋼板の裏面欠陥検査法として,大きな直流磁界と微小交流磁界を併用した検査手法を提案し,三次元有限要素解析による現象解明および検証実験による検討を行った.


 

■ 自律制御ボート型ロボットの開発と河川流速計測の試み

京都大学・山上 路生,岡本 隆明,金子泰洸ポール

河川流速・流量は川の状態を示す基本的かつ重要な指標で,河床洗掘や水質と密接し流域管理や水工計画において不可欠な情報である.河川流速の計測技術としてビデオカメラや赤外線カメラを用いる画像解析法やADCP法が開発・実用化されているがいずれも長所と短所を併せ持つため,依然として鋭意研究が続けられている.
本論文でとりあげるボートロボットは既存の方法とは全く異なる切り口から開発を進めてきた.流れに静止させるよう自律制御して,それに必要な推進力(スクリュー回転数)より流速を算定する新しいアイデアである.特に本研究では位置認識にカメラ画像によるトラッキング技術を適用する.ロボット投入地点と計測地点を含めた画像の中でロボット位置をリアルタイム追跡し,位置情報をロボットに無線送信して自動航行を実現させる.まず室内水路で運動挙動をテストするとともにモータのduty比と対向流速の校正曲線を求めた.さらにコンパスセンサによるヨー角制御と平面2次元運動を試験した.最後に実際の河川にて流速計測を実施しその有用性を確認した.


[ショート・ペーパー]

■ 重心動揺計測に基づく脊柱側弯症検診時の効率的な直立姿勢保持方法の検討

日本大学・高梨 宏之,秋田県立大学・御室 哲志,
秋田大学・本郷 道生,秋田県立医療療育センター・三澤 晶子,秋田大学・島田 洋一

本論文では,直立姿勢での重心動揺を計測した結果を報告する.側弯症検診ではモアレ撮影法が利用されており,計測時はできるだけ直立姿勢を保持することが望ましいとされている.従来の側弯症検診では,被験者の静止姿勢を保持するために,ポジショナーと呼ばれる機構を用いて,10度前傾した姿勢を保持している.しかしながら,前傾姿勢が背面形状に与える影響についてはほとんど明らかにされていない.
そこで本論文では,直立姿勢による検診装置を実現するための予備実験として,被験者が直立姿勢を保持している際の重心動揺を計測した結果を報告する.肩部および骨盤部の固定の有無によって同様の違いを考察した.実験結果から,骨盤部を固定することで,簡易的かつ効率的に重心動揺を抑制できることがわかった.