Vol.50,No.8
論文集抄録
〈Vol.50 No.8(2014年8月)〉
タイトル一覧
[論 文]
特集 ライフエンジニアリングの最前線
- ■ 座面高と速度の異なるヒト起立動作における筋シナジー解析
- ■ 介護者の負担軽減を目指した嚥下センサ開発のための基礎的研究
- ■ ドア開け時の足下荷重変化と足圧中心軌跡による個人識別法の開発
- ■ 電気インピーダンストモグラフィ(EIT)を用いた細胞凍結過程の可視化に関する基礎的検討
- ■ 安静座位・着衣状態での脈拍数計測のための光電脈波ラインセンサの開発
- ■ 高インピーダンス神経電極用多チャンネル電流刺激チップの開発
- ■ ウレタン麻酔下マウスの大脳皮質における緑色自家蛍光と自発脳波の相関関係
- ■ 筋シナジーと動的動作および筋疲労との関係
- ■ 曲率センサの胸郭上配置を想定した胸郭形状推定法 - ウェアラブル電気インピーダンストモグラフィの一機能として –
[ショート・ペーパー]
[論 文]
東京大学・安 琪,石川 雄己,電気通信大学・舩戸 徹郎,京都大学・青井 伸也,
東京大学・岡 敬之,山川 博司,山下 淳,淺間 一
ヒトの運動機能を改善する ためには,ヒトがどのように外部環境や自身の目的に応じて適応的に運動を生成しているかを理解する必要がある.
本論文では,異なる環境に対してヒトが起立動作を達成するために必要な筋活動を,筋シナジー解析を用いて空間パターン である筋協調(筋シナジー)と時間パターンに相当する活性係数に分解することで,不変的な構造と適応的に変化する構造の解明を行う.10名の健常若年者の起立動作より計測された下肢8筋の表 面筋電位から筋シナジーと活性係数を算出し,筋シナジーが身体軌道に与える影響を調べた.
その結果,環境の異なる起立動作から3つの類似した筋シナジー が抽出され,各シナジーが起立動作における離床,下肢の伸展,姿勢安定化に相当する運動学的特徴に対応していることが示唆された.
そして,異なる座面高に対しては活性係数の振幅を,異なる運動速度に対しては活性係数の継続時間を変化させることで, 異なる環境に対して適応的に動作を達成していることが明らかとなった.
介護者の負担軽減を目指した嚥下センサ開発のための基礎的研究
富山大学・西谷 光世・都築 裕,金 主賢,土井 一平,中林 美奈子,
特別養護老人ホーム梨雲苑・坪内 奈津子,林 一枝,富山大学・中島 一樹
日本では,要介護度の高い介護施設の利用者数が年々増加している.われわれのこれまでの研究では,介護職員が最も困難に感じる介護技術は「食事介助」であった.本研究では,食事介助における介護職員の負担を軽減するために嚥下センサ開発のための基礎的研究を行なった.顎二腹筋の筋電図と加速度は安静時と嚥下時の両方を測定し,嚥下時刻を特定するために筋電図と加速度の二乗平均の積分値(iERMS,iARMS)を算出した.健常成人男性8人にプリン2gとプリン10gをそれぞれ嚥下させた.嚥下時におけるiERMSとiARMSはそれぞれ安静時よりも有意に大きかった.また,特別養護老人ホームの高齢者にはいつもの昼食を食べてもらい,iERMSとiARMSを得た.嚥下時におけるiERMSとiARMSは,若年者と同様に安静時よりも有意に大きかった.
■ ドア開け時の足下荷重変化と足圧中心軌跡による個人識別法の開発
富山大学・那須 圭馬・金 主賢・中島 一樹
トイレや風呂で各種の生理情報を自動取得するセンサシステムが開発されている.同居者がいる場合,これらで取得される生理情報には個人識別が必要となる.しかし被験者本人による積極的な協力を求めることは困難である.そのため被験者本人による積極的な協力を必要としない個人識別法が望まれる.そこで荷重センサとして任天堂®のWii balans boardを使用し,ドア開け時の足下荷重変化と足圧中心軌跡を測定した.われわれは登録データとテストデータ間のユークリッド距離を計算した.そして最近傍法により個人識別を行った.5名で測定を行ない93.7%の識別率が得られた.
■ 電気インピーダンストモグラフィ(EIT)を用いた細胞凍結過程の可視化に関する基礎的検討
北里大学・根武谷 吾,蒼紫会森下記念病院・平賀 琢也,北里大学・氏平 政伸
細胞や生体組織を長期保存するための有効な手段として凍結保存技術があるが,現行の観察方法では薄切片の観察しかできず,組織などの多層構造の観察はできないため,最適な凍結方法を確立するのが困難である.そこで本研究では、microscopic Electrical Impedance Tomography (micro-EIT) を用いた凍結過程における氷晶形成の可視化を試みた.micro-EITには独自に開発した装置を用い,8つの電極が組み込まれた測定用チャンバ(ϕ 5.0×1.6mm)二組を有するmicro-EIT基板を作製した.ヒータと熱電対が固定された銅ブロックを液体窒素で冷却し,ヒータによって温度制御を行った.測定試料には植物細胞として酢橘の砂じょうを,動物細胞としてトビウオの卵を用い,それぞれ-30℃ の定値制御をした.この凍結過程をCCDマイクロスコープとmicro-EIT測定装置を用いて記録した. CCDマイクロスコープの撮影画像では,2種類の細胞が凍結していく過程が確認された.これに伴いmicro-EIT画像でも電気インピーダンス変化率が急激に上昇する傾向が捉えられ,植物・動物細胞の氷晶形成と成長過程の可視化が可能であることが示唆された.
■ 安静座位・着衣状態での脈拍数計測のための光電脈波ラインセンサの開発
富山大学・長谷川 敬志,金 主賢,中島 一樹
われわれは着衣・着座状態の被験者からPPG信号を得るための光電脈波ラインセンサを開発した.ラインセンサは8組のLEDとフォトトランジスタで構成されている.衣類を介してPPG信号を得るためにLEDはパルス駆動によって高輝度発光した.10人の健常成人男性から得られた2383拍の心電図とPPGの関係は分析され,平均間隔、間隔の標準偏差,連続した間隔の差の二乗平均平方根とブランド-アルトマン分析では有意差はなかった.
■ 高インピーダンス神経電極用多チャンネル電流刺激チップの開発
大阪大学・亀田 成司,林田 祐樹,田中 宏喜,八木 哲也
生体神経回路が行う情報処理のダイナミクスを,その入出力関係から定量的に解析するには,多チャンネル・多変量の入力パラメータを効率的に変化させながら,これに対する神経応答を計測する必要がある.現在,こうした生理学実験には市販の据え置き型電流刺激装置が広く使用されているが,サイズの問題により,顕微鏡ステージなどの限られたスペースへの構成は容易ではない.そこで,生理学実験等の汎用的な用途に適用可能な小型かつ多チャンネルの電流刺激集積回路チップを40V 耐圧0.25µm CMOS 技術を利用して設計・試作した.3.5mm角の本チップは,並列5組の電流刺激バッファにより合計20極の電極を時分割に駆動でき,電極毎の電流振幅や刺激順序などの各種刺激情報を内蔵レジスタに格納し,外部制御信号を与えることで,最大200 Hzでの時空間刺激パターンを生成できる.また,出力部の電源電圧を±20Vとすることで高インピーダンスの電極にも対応できる.本チップが最大約±100μA振幅のパルス電流を生成できること確認した.さらに,本刺激チップを使用したin-vivo での生理学実験において,1MΩ程度の高インピーダンスを持つガラス微小電極を介した通電刺激により,ラット大脳皮質視覚野の神経興奮応答が誘発可能であることを確認した.
■ ウレタン麻酔下マウスの大脳皮質における緑色自家蛍光と自発脳波の相関関係
東北大学・片山 統裕,中川 大樹,日本学術振興会・上野 彩子,東北大学・辛島 彰洋,中尾 光之
ウレタン麻酔下マウスの大脳皮質における緑色自家蛍光(GAF)と自発脳波(EEG)の関係を研究した.パワースペクトル解析により,GAFとEEGはいずれもデルタ波帯域に顕著な活動があることが示された.相互相関解析及びコヒーレント解析により,GAFとEEGのデルタ波帯域の成分が相関していることが明らかにされた.以上より,GAFのデルタ波帯域成分が大脳新皮質の自発活動を研究するのに有用であることが示唆された.GAFのデルタ波帯域成分の時空間ダイナミクスを視覚化したところ,興奮の伝播や衝突に伴う消滅など複雑な現象が観察された.この結果はGAFのデルタ波帯域活動の背景に非線形メカニズムが存在していることを示唆している.
新潟大学・室井 貴史,長屋 征悟,木竜 徹,村山 敏夫
近年,筋シナジーと呼ばれる,身体が複数の筋肉よって協調的に制御されていると捉える概念を応用した研究が増えている.しかし,様々な動作と筋シナジーとの関係性について考察した研究は少ない.ここでは,両足を使う単純動作であるスクワット,複合動作であるスキーという異なる動的動作で筋シナジーとの関係を相関係数から調べ,さらに筋疲労評価の生理的指標を用いて筋疲労の筋シナジーへの影響を検証する.その結果,単純動作では差が出ず複合動作では差が出たことから筋シナジーは動作に依存し,また筋疲労の影響を受けないことが確認できた.
■ 曲率センサの胸郭上配置を想定した胸郭形状推定法 – ウェアラブル電気インピーダンストモグラフィの一機能として –
北里大学・根武谷 吾,一二三 奏,熊谷 寛
本研究では,曲率センサを胸郭上に設置することを前提とした胸郭形状推定法を提案した.胸郭形状推定には,胸郭上に等間隔で配置された8個の曲率センサから得られる曲率を想定した.x軸上の正負に2カ所,y座標上の正負に2カ所にそれぞれ配置された4個の曲率センサ座標を中心とする4つの弧を想定した.1つの弧は中心座標とその両端の曲率センサ座標で構成され,中心座標における曲率とその両端の曲率を用いて3つの相対的な座標関係を求めた.同様にして他の弧についても座標関係を定め,4つの弧を統合することで8個の曲率センサ位置を特定した.その後外形補間による修正を行うことで,胸郭外形を求めた.提案法の有効性を検討するために,患者7名のCT画像から曲率を求め,胸郭形状を推定した.評価は,胸郭の縦横比である 'e' 値を用いて行い,平均13.6%の推定誤差が得られたが推定された胸郭形状は,CT画像のそれと良好な一致が認められた場合と,不十分な場合があることがわかった.これにより,曲率センサの設置数を増加させるなどの改善が必要であると考えられた.しかしながら、曲率センサにひずみセンサなどを用いれば,ウェアラブルEIT組み込みが容易であり,有用な胸郭形状推定法となりうると考えられた.
[ショート・ペーパー]
工学院大学・辺見 良太,東京電機大学・伊藤 慧,植野 彰規,工学院大学・福岡 豊
本研究では,筆者らが提案した離着床モニタシステムの性能を評価した.このシステムは容量性結合電極を用いたものである.容量性結合電極は荷重の変化によって,容量に変化が生じるので,体動の変化を受けやすい.この点を逆手に取って,ベッドに人が寝ているかをモニタするシステムを開発した.本研究では,判定アルゴリズムの開発に用いていないデータに対して,離着床モニタシステムの正答率を調べた.その際,着衣条件の影響についても検討した.その結果,着衣条件にかかわらず,離床,座位,着床の三つの状態を90%以上の正答率で判別できることが示された.